東京高等裁判所 昭和31年(ネ)825号 判決
被控訴人先代増山太郎吉は戦前前記土地上に店舗及び住宅を有し、木材商を営んでいたが、昭和十七年五月木材が統制となり、その店舗は東京地方木材株式会社の品川第三販売所として使用せられているうち、昭和二十年三月強制疎開のため、これらの建物は除却され、本件土地は空地となつていた。控訴人は被控訴人先代の営んでいた木材店の旧店員で、前記木材統制会社の設立に伴つて、その社員に転出したものである。ところで、戦争が終つて、昭和二十一年九月三十日に、被控訴人(当時被控訴人は未成年者であつて、その一切の事務は主として親権者である養母いさにおいてこれを代行していた。)は、前記の縁故から、控訴人の仲介で、戦後に木材配給業務を目的として設立された新東京木材林産組合に材木置場として本件土地を賃貸することを承諾したが、同組合では事実上営業を行わないので、結局控訴人が組合と同一条件でこれを賃借するに至つたが、被控訴人側では控訴人の賃借人名義でこれを賃貸することは好まなかつたので、控訴人は被控訴人に対しては前記組合の名義で、権利金三千円を支払い、本件土地を含む百八十三坪の土地を賃借した。そして元来右土地は材木置場として使用する目的で賃借したのであるが、書類の処理等の事務を行う場所として、昭和二十二年六月頃建坪五坪の建物を本件地上に築造したが(右建物築造の事実については、当事者間に争がない。)、その建築許可申請のために、被控訴人は土地使用者を控訴人とする土地使用承諾書に捺印している。それは、この頃控訴人と被控訴人との関係は比較的円満であり、控訴人が被控訴人の土地賃貸のせわもしたような状態であつたので、被控訴人親権者においても、控訴人の作成した書面の内容に格別の注意もしないでそのまま捺印したものであると推測される。
昭和二十五年中になつて、本件土地使用につき組合は何らの関係がなく、もつぱら控訴人が、個人としてこれを使用していることが被控訴人側にもはつきりわかつたし、また、被控訴人の成人に伴い、本件土地を自ら使用する希望をももつに至つたので、被控訴人は弁護士池田清秋に控訴人に対する本件土地の明渡請求方を委任した。そこで同弁護士は、本件土地は新東京木材林産組合に賃貸したので、控訴人には貸していないということを理由に、右土地を明け渡すよう控訴人に交渉し、控訴人及びその妻まきと話しあいをした結果、被控訴方から立退料は出さないが、明渡を五年間猶予するということを主たる内容とする協定が成立し、その履行を確実にするために昭和二十五年六月十五日、品川簡易裁判所において、前記即決和解を締結したのである。そして、右和解においては、被控訴人は控訴人に土地を賃貸していたことを認めるとともに、控訴人は即日右賃貸借を解約することに合意し、昭和二十九年十二月末日限りこれを明け渡すことを約し、かつ右明渡の時に被控訴人は時価相当の代金で同地上の建坪五坪の建物を買い取るべく、控訴人は右明渡ずみまで毎年六月及び十二月の二回に地代相当の損害金を支払うべきことを定めたものである。かように認めることができる。(中略)右和解は和解の本質に反し無効である旨の控訴人の主張につき考えるのに、本件において控訴人の本件土地を使用する権原について争があり、折衝の結果、双方の互譲により前認定の各和解条項が定められたことは、前に認定したところに徴して明らかであるのみならず、元来本件のような訴訟防止のための和解は権利関係の存否、内容又は範囲について争のある場合に限られず、広く権利関係についての不確実や権利実行の不安全の場合をも含み、また和解条項についても、一方の要求を全部容認してこれが履行を約する場合においても、有効に成立し得るものとすべきであるので、控訴人の右主張も亦これを採用すべきよしがない。
(内田 多田 入山)